60

English Article aboout Os Incriveis

#12

それは「こころの虹」で始まった。

今回のテーマは、ブラジルのバンド Os Incriveis、今から1ヶ月ほど前のこと、Kさんから中古レコードで、おもしろいものを発見したと報告があったのでした。
それは、タイトルのロゴもそのままにブルーコメッツの「こころの虹」をカヴァーしている60年代のブラジルのバンドのシングルでした。

聴かせてもらうと 最初は、ポルトガル語、途中から日本語でカヴァーしているのですが、どちらの言葉も違和感なくなかなか良い出来のカヴァーなのです。
 
 

本家ブルーコメッツ (タイトルロゴを見比べてみましょう)

が、裏の写真がすごくて「今流行のボサノバからポピュラー・エレキそしてコミックまでこなす不思議で陽気な楽団!」突如出演 4月6日より14日まで お一人200円 喫茶・食事マーメイド
という広告写真が使われているのです。
これから推測されたのは、彼らは、日本に来て演奏(それも限りなくうらぶれた営業っぽい・・・・)していること。そして
表の商店街のアーケードの看板に「赤平炭」という文字が見えることから北海道で撮影されていることでした。

ただ当時は、石炭産業が斜陽化したとはいえまだまだ景気がよかったので、炭坑のある町は、地方でも結構裕福だった可能性はあり、場所としては、それほどうらぶれていたわけではないと思いますが・・・
 
 

となると、売れないブラジルのバンドが出稼ぎに来た気配濃厚なのですが、このシングルは、ブラジルのRCAからリリースされているのでまったくの無名バンドではないと思われました。発売年は、68年。ちなみにブルーコメッツの「心の虹」
は、68年1月リリースなので、68年の4月に日本に居た(いつ来ていつ帰ったかわからないが)Os Incriveisが、帰国後リリースしたのが、このシングルということになるのでしょうか。
このマーメイドのロゴは、東京のどこかで見かけたような気もするし、このライブの告知が北海道でのものかどうかは、定かではありません。
 

そこでリサーチ開始
とりあえず彼らは、ブラジルでは、結構有名なバンドだったことがわかりました。またスペイン語で録音したアルバムをアルゼンチンでリリースしていることも確認。

さてその後調査の結果 この「こころの虹」とそのほかのレコードを入手することができました。
 
 

これは、EPで NO JAPAO の文字と旭日旗らしいマークが入っています。ここにもA面1曲目に「こころの虹」が収録されていました。そして驚いたのが、2曲目「I LOVE YOU TOKYO(Tokyo,te amo)」とある曲がなんとロス・プリモスの「ラブ・ユー・東京」だったのです。考えてみるとタイトルそのまんまなんですが・・・(^^;) 意外な事態に驚いたわけで・・
うーむ やっぱ ムード歌謡とラテンの関係が気になります。(念のために書いておきますと、ロス・プリモスは、GSでなくムード歌謡です。この曲の替え歌「ラブ・ユー・貧乏」というのが、80年代にひょうきん族でヒットしたことも)

もともとブルコメの「こころの虹」は、「ラブ・ユー・東京」に影響を受けた曲だといわれているのですが、こういうラテン・テイストのムーディな曲は、ブラジルの方には、なじみやすかったのでしょうか。

バンドだけで演奏しているのですが、ギターとサックスの適度ないやらしさ?といい実にムード歌謡然としているのです。こちらは、いきなり日本語で歌っているのですが、英語圏の外人さんのような発音の不自然さがなく実にうまくうたいあげています。(これは、日本人には、歌詞カードを見るとイタリアの歌が言葉を知らなくてもローマ字読みで結構読めるように、ラテン言語のほうが、ゲルマン系の言葉より日本語に発音が近いのも一因かと思います)
演奏は、はっきりいって非常にうまいです。

そしてB面のオリジナル「SAYONARA SAYONARA」では、日本語で「では日本からのすてきなうたをぼくたち心をこめてうたいます。それは悲しい美しいさよなら」とメッセージが入り、オリジナルのドラマティックなメロディーのブラジル語のうたに「さよなら」「さよならいつまでもお元気で」という歌詞がたたみかけるように歌われてなかなかドラマティック。(ロックではないとおもうけど・・・)

この曲は、彼らがブラジルに帰ってからエキゾティックねらいで作ったのかなと 思っていたのですが、クレジットをよく見ると、彼ら自身の名前と共に、Hichidai Nakamura というのも発見。"Hi"になっていますが、これは、中村八大でしょう。ということは、日本の有名な作曲家がかかわっているわけで、日本にきてドサ廻りしていただけではないのでしょうか? 謎は、深まるばかり。
 
 

上のEPの写真ですが、あまりはっきりしないのですが、どうやら右手の建物から判断すると日本のどこかのようです。しろっぽい地面ももしかするとなごり雪の北海道なのでしょうか。(最初のシングル裏面の告知が4月だったことですし)
左手のブロック塀も昭和40年代には、日本では、すごくポピュラーでした。

いやあ 彼らが日本でどこへ行き、どんな活動をしたのかぜひとも知りたいものです。
何でも結構ですので情報がありましたら ぜひ掲示板 メールでお知らせください。

さて肝心のOs Incriveis がどのようなバンドだったのかは、いまひとつ判然としませんが、50年代末期にThe Clevers という名前で活動をはじめ、60年代初期には、ブラジルでかなり有名なロックンロールバンドだったそうです。ソロシンガーのバッキングもやっていたそうで、このあたりもブルコメと通じるものが・・・またメンバーの何人かは、現在も音楽活動を続けているとのことです。

これは、65年ごろのシングル。B面のLucilleですが、サックスがフィーチャーされているせいか、これが実は、ブルーコメッツのヴァージョンとよく似ています。(こっちのほうがかなりテンポが速いですが)。楽器の編成など元々ブルコメとは親和性の高いサウンドだったのかもしれません。ブルコメ自体も「マシュケナダ」なんかやらせると非常にうまかったわけですし。

もう1枚手に入れたシングルは、66年のものでB面は「Piangei Com Me 」すなわちテンプターズがカヴァーした「今日を生きよう」のオリジナルヴァージョンからのカヴァー。
おそらくビートパンク以前から活動して実績もあったキングスメンタイプのバンドでムーディな曲も得意としていたのが、ビートルズ以降のサウンドの変遷で、いささか古臭い感じになりブラジルでは、あまり売れなくなった68年ごろに日本へ
来たのではないかと思われます。(あくまで推測)
しかしそれにしても彼らの経歴を考えると、北海道で1ステージ200円で出演するというのは、承知の上とも思えないのですが、 いかなる事情があったのか気になるところです。
いずれにせよブラジルに戻ってから「こころの虹」をリリースしたようです。この曲は、ブラジルでヒットした記録があるようですが彼らのものかブルーコメッツのものかよくわかりません。
またこの手の曲を演奏していたら少なくともブラジルの日系人には、受けたのではないかと思います。ねらってたかどうか知りませんが・・・

ブラジルの日系人の歴史の中で、日本の曲は、のどじまん大会でさかんに歌われてきたようですが、それはあくまで楽しみとしてでした。ところがGSの時期だけは、日系人のワカモノが、GSをカヴァーするバンドが何組も出来、その中には、プロとして活動した人もいるのです。このような現象は、後にも先にもなかったそうです。残念ながらこれらのバンドの音は、聴いたことないのですが、Os Incriveis がそうようなバンドを見て日本の音楽に接した可能性もあるかもしれません。

さて その後 もう1枚彼らのアルバムをGET。タイトルどおり世界各国の曲を演奏しているようで、ここにもまた「心の虹」と「ラブ・ユー・東京」が収録されています。このほかKnock On Wood、
ポルトガル語カヴァーのTe Amo(カーナビーツでもおなじみ ゾンビーズのI Love You),Israel,Pirolito など 選曲は、節操ないものの(^^;) 内容は、すごくまともなビートアルバム。ジャケットは、いろんな国の地図や写真がコラージュになっていてこの画像では、わかりにくいですが、右上には、舞妓さんらしき写真も。
これから 考えてても ブラジルに戻ってからもたくさん レコードをリリースしていて、けっして売れなかったわけではなさそうなので、ますます 上の1ステージ2000円との関係が気になります。

蛇足:この人 三原綱木に似ているような気がするのは私だけ??(上の写真参照)
 
 
 
 

当時のヤング・ミュージックに「心の虹」が、ブラジルの歌手によってもっかあちらのヒット・パレードで第5位奮闘を続けている。という記事を発見。これはOs Incriveisのことでしょうか??とはいえ、現地ブラジルの60年代マニアに聞いたところでは、ナショナル・チャートに入ったわけではないようなので、ローカルでヒットしたのかもしれません。

#1
#9
#11
 

掲示板

Back To Menu

日本語の目次


[PR]話題の新車を無料プレゼント中:必ず当る抽選会!今すぐ応募で簡単GET